「真の神業体制の確立のために取り組んでいくこと」理事長 小林 昌義

「真の神業体制の確立のために取り組んでいくこと」理事長 小林 昌義

お飾りの象徴にするのではない

 皆さんに理解していただきたいたことは、揺るぎない明主様への信仰の培いの大切さと、未だ確立していない本当の「教主中心の神業体制」を完成させる必要性があるということです。

 「教主中心」と言ってきたのだから、教主様の仰せになる通りに、運営でも何でもすればいい、という短絡的なあり方は、本当の「教主中心の神業体制」ではありません。

 三代様は、こう教えられました。

 「順序礼節は立てながらも、どこまでも民主的に信者の力、資格者の皆さん方の力、そういうものを充分に生かしていく、教主と資格者と信者と本当に一体となっての、誰も彼もが生き生きとご神業に参加する喜びにあふれた、そういう信仰体制というものが(中略)、霊主体従な教主の奉戴のあり方であります」(昭和五十九年十二月二十三日)

 「同じ象徴ながら、信仰的には明主様と信者との中間に立つ、神意の仲介者として、その意向を尊重しながら民意を問うて、衆知を生かしていく運営のあり方です」(昭和五十九年十二月二十一日)

 「ご神業というものは教主中心だからといって、教主がすべて表面に出ていって、あれせこれせというのではないのです。もうこんなに大きくなった教団、明主様の時代と違うのであります。全部執行部がその運営をまかされて、ただ教主の意向は伺いながら、教主の喜びを常に自分の判断の基準としながら、教団を運営していくのでございます」(昭和五十九年十月三十一日)

 「教主中心の神業体制というものは決して一色にしてしまうのではない。それぞれの持っている個性を尊重し、それを認めてゆく、人の事をあれこれ言うのではない、そういうエネルギーがあれば、そのエネルギーを自分自身の向上のために使い切っていくと、その和合のもとに行われていく世界的神業の幕開けであると、そのように思って頂きたいのであります」(昭和六十年六月十五日)

と、お教えくださっています。

 私は、教主様をお飾りの象徴に祭り上げてしまおうとは、微塵も思っておりません。

どんな団体とも和を持って天国建設を

 教主様はお嫌いになるかもしれませんが、運営は執行部にまかせていただきながらも、教主様の意向を伺いつつ、信徒の力を結集し、民意に問い、衆知を集めて、民主的に、どんな人ともどんな団体とでも、和をもって個性を尊重し、認め、喜びの中で、地上天国建設と人類救済の御神業が進められる体制が、本当の「教主中心の神業体制」であると信じています。

 つまり、明主様の御心である、一人でも多くの人が救われ、幸福を賜ることができる体制こそが、真の「神業体制」であると信じます。

 現実を見ていただきたいと思います。入信者も信徒数も、上納も激減しています。それは、信者さんたちが喜びの中にない、生き生きと信仰生活を楽しんでいない、喜びの中で御神業に参画できていない現れです。感謝が生まれていない現れです。

一人でも多くの人が救われ、幸福を賜ること

 「真の神業体制」が動き出し、このマイナスの状態がプラスに転じ、救いの輪ができ、勢いよく回り出せば、台風の目のように、中心は、目に見えてはっきりしてくと信じています。最初から中心があるのではなく、周囲が救いのために動き出せば、自ずと中心は定まるものです。

「会う、聞く、浄霊する」 明主様の信仰の道を

 その活動とは、明主様の御教えを学び、「会う、聞く、浄霊をする」をはじめとする教えの実践をし、信者さんのお世話をし、信者さんが幸せになり、それが家庭天国、身の周りの方々の天国、社会の天国、地上天国へと広がっていくことであり、明主様が指し示された信仰の道であると信じています。

どうか今一度、私たちの本分を見定め、明主様を求める信仰を培い、大神様、明主様の御光、御守護に包まれ、一人ひとりが、喜びに満ちあふれ、それが世界に拡がっていくような素晴らしい、いづのめ教団が許されるように、共に明主様の指し示された道を歩んでまいりたいと思います。(特報111号より)